2021年6月の日記

日記

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2021年6月13日(日)あるく

どれだけ楽しく愉快な夜を過ごしても、翌朝目が覚めたら気持ちが塞いでいることがある。低気圧のせいで訳もなく頭が重たい日もある。最近はそんなとき、すこし散歩に出る。歩いていると、ある時からふいに、心身の上昇を感じられる。万全とはいえずとも、それまでに比べたら、ずっとましになれる。

そして、今日も散歩をした。

最高じゃん。もう出自がどうとかは、すべて超越しちゃったな。とっくのとう、だけど。

むかし、記事の掲載写真を色味が明らかに赤いものに差し替えられて怒っちゃった経験があるんだけど、もしかしたら色弱の方だったのかもしれないなぁ。知っていれば、もうすこし違う話し方ができたかもしれない。反省。


2021年6月8日(火)はよやれ

ずるずるとやっていないことも、やればあっという間、みたいなことは往々にある。最近は本当にそんなのばかりで、いい加減に80%どころか60%でいいから手をつける、みたいにしたい。たぶんだけど、僕の思う60%が普通に100%みたいな状況って、全然あるはずなので。

行者にんにくを500gを買い増したので、ほとんどすべて瓶詰めで醤油漬けにした。東洋佐々木ガラスのいちばんシンプルで安い瓶の頼もしさが好きだ。この瓶に詰めるだけで、ちょっと美味しそうに思えてくる。質実剛健。中身も行者にんにくと醤油のみ。直球勝負だぜ。


2021年6月7日(月)ぐぬぬ

他人と分かち合えたり分担し合えたりする仕事ではなさそうと、心のどこかでわかってはいるのだけど、いい加減に一人でやっているわけにもいかない量と質になってきていて、かといって有効な手段を見いだせているわけではない、みたいな状況だけがずっと続いている。

とはいえ、仕事をお引き受けしているのは自分なので、それ別に全部自分のせい、というのも、にんんともかんとも言えない感じである。


2021年6月1日〜6日 光陰矢の如し

瞬きするように日々が過ぎていく。光陰矢の如しだ、と思ってググってみたら、あっという間に過ぎ去るという意味だけでなく、故事ことわざ辞典によれば「月日の経つのはあっという間で二度と戻ってこないから、無為に送るべきではないという戒めを含んでいる」らしい。

無為に送っている気持ちもないのだが、結果的に心身の不調でほぼ無為という日はまだある。特に深酒をした夜と翌日などはそんな気分だ。でも、飲んでいるときは、無為どころかこの世の喜び、生きていく栄養、日々の小さなことの爆散など、充実としか言えない時間があるような気になる。

今週でいちばんすごかったイベントといえば、メルカリで買った行者にんにくをしゃぶしゃぶにしたことだろう。圧倒的美味しさ。パンチがあるのに爽やかで、ひじょうに美しく喉を通っていく。牛肉の主役感を引き立てながらも、しっかり存在感を出していく。素晴らしい、実に素晴らしい。

日々は、仕事と、料理と、憂鬱と、浮力をないまぜにしながら、僕を連れて進む。髪を切った。美容師さんが当たりで、すごく好きな感じになった。髪のクセを褒められた。痩せて、首筋が見えるようになったら、そのすっきりしたところが、好ましく思えた。

仕事場の天井にスピーカーを設置してみた。ダクトレールを使ってぶらさげている。BluetoothでつながるTASCAMのVL-S3BTなら1kg程度と重量が軽く、コンパクトで、しかし2ウェイで音のインパクトや評価も良く、狙いにぴったりハマってくれた。

ずっとバルミューダーのスピーカーを使っていて、決して悪いことはなかった。ただ、置いてある場所がデスクに近いせいで、部屋の一部から音が広がってくる感じが、次第に気になり始めて変えることにした。

7月末に大きな〆切とイベントが重なり、それ以外にも日々の仕事もあり、いったいぜんたいちゃんと走りきれるのか、とてもとても不安である。不安なときこそ、やりきれればいいことがあるはず。大きな先ではなく、手元のことからしっかり片付けて前進していけばいい。きっとね。

日記も不定期だけれど、書いていると落ち着く。自分のことを話す機会が、あまりないからだろう。なんにも思っていないようで、以外に思っていることはある。それの一端がにじみ出るだけで、気が楽になるらしい。


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