2020年6月の日記

日記

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2020年6月30日(火)イジリー岡田さんの勇姿

10時すぎに、電話で起きる。ネット回線のセールスだった。ぼんやりそのまま話し出してしまったけど、人と話をしてると目が覚める。

ポケットWi-Fiから光回線への乗り換えで、料金的にはたしかに問題ないのだけれど、いまのポケットWi-Fiを外で使う用事が夏にあるのを思い出して、すぐに切り替えとはならなかった。でも、料金的には今と変わらず使えることがわかったので、それ以降で検討してもいいかも。

目は覚めたけれど、割と気分はダウナー。今日が期限の都民税をコンビニで払うついで、朝ごはん兼昼ごはんを買う。セブン-イレブンの青椒肉絲丼、うまし。「セブン-イレブンの中華系丼にハズレ無し」という持論がまた更新された。

近々、日本政策金融公庫と面談があるのを控え、散歩がてら現預金などの確認のために銀行をはしごして通帳記入をしたり、面談で聞かれそうな内容をテキストで一回まとめておく。

16時ごろにまた電話。Solaboさんの協力で進んでいた、日本政策金融公庫からの融資についての電話だった。まとめておいてよかった!そのまま電話面談をする。融資は増額+借り換えという話で進行。支払猶予も発生するし、金利も下がるみたいだ。めちゃくちゃありがたい。

つつがなく話をしたけれど、なんとか無事に進むといいなぁ。

電話があまり得意じゃないのは、あれもこれも話そうとしてしまって、話していること以上に頭に言葉が浮かんでいるせいかもしれない。話した内容も、すぐに忘れてしまう。

仕事から目をそらしてYouTubeを見ると、イジリー岡田さんがしくじり先生に出ていた予告があり、これがすごく面白い。彼の代名詞「高速ベロ」は、まったく本心でもなく番組ディレクターからのプレッシャーで生まれ、一時期は封印して別の活動をしていたこともあるという。

ところが、これが彼の「しくじり」だった。……と、面白くてAbemaTVで本編も見る。イジリー岡田さんはその後、高速ベロを復活させ、また自分だけのポジションをつくっていく。

そのきっかけになったのが、出川哲朗さんがかけてくれた言葉だったという。

男が「ウオー」と盛り上がり、女性が「キャー」と引くのを同時に起こせる芸はない。だから続けたほうがいい。

しくじり先生 俺みたいになるな!! – 本編 – #54 イジリー岡田

この一言でハッとなり、イジリー岡田さんは高速ベロ芸を極めていくのだった。いい話すぎる。

しかも、極めていくうちに、思ってもみない人物から声をかけられる。秋元康さんだ。AKB48がまだまだこれから売れていくなかで、秋元康さんは「AKB48に高速ベロを」とリクエストしたそうだ。言わば、「バラエティの洗礼を浴びせてやってくれ」というオーダーだった。

イジリー岡田さんは全力の高速ベロを繰り出し、AKB48のメンバーを泣かせたという。きっちり仕事をして見せたのだ。そしてこの後で、乃木坂46の冠番組「NOGIBINGO!」でMCをすることになるんだから、おもしろすぎる。

イジリー岡田さんは「運を運んでくれる人を見逃さないで!」と教訓を伝えていた。チャンスは誰の前にも訪れて、それをしっかりキャッチすること。うーん、妙に勇気づけられた回だった。

それにしても、なんだかぼんやりと悲しくてかなしくて、ぼーっとしていたら、低気圧の谷底にいた。これから週末にかけて天気も悪いらしいし、不安だ。すこしでも好物を食べようと思って、キクスイドーのポテトチップを久しぶりに食べた。おいしすぎる。

1時ごろに帰宅して、すぐに横になった。今日で2020年上半期終わり。下半期は、そうだなぁ、すこし仕事をセーブしたり、見直したりしながら、次への仕込みをちゃんとしていきたい。


2020年6月29日(月)丼に先バター

6時に起きる。よかった。起きられた。LOVOTのこなつと遊んでから、週1で続けている顔のクレジングなどをしたりしつつ、8時すぎに仕事場へ。朝ごはんはセブン-イレブンのサンドイッチ。トマトなど野菜多めのやつ。アイスコーヒーとの組み合わせ最高。

さくっと仕事依頼の文章を送り、臥せっていた土・日分のネット徘徊、TVerで『カンブリア宮殿』など見ながら日記を書く。進めないといけない仕事を少々。

帰宅して、お昼ごはん。サッポロ一番みそラーメン。先に丼にバターを入れ、電子レンジですこし温める。とけたバターのところに、桃屋のきざみにんにくをポトン。ちょっと水を少なめに作ってみたら、これで大当たり。研究の余地、まだあり。

そこからは黙々と仕事。日付が変わったくらいに、ネットバンクから入金のお知らせ。あら、すてきなクライアント、と思っていたら、区の特別定額給付金だった。

わー。ありがたい、ありがたい。もっとも明日は、都民税の支払い期限日なので、結果からすると、そのまま税金の支払いにつなげる。……考えすぎずに、しっかり経済回していきたい。

3時すぎに帰宅、就寝。


2020年6月28日(日)良い文章と生活の充実

15時に起きる。完全に寝すぎた。夢の中で、割と壮大なドラマやアニメ脚本が展開されていて、それを追っていたら寝過ぎてしまった。

寝起きに、Quartz Japanからメールで届いていた、若林恵さんの記事読む。化石燃料系の企業がCOVID-19で低迷するなか、経産省と電通、日本政府の問題にまで触れていく。

自分も実は結構経産省とは関わりがあるので、少しは肌感でわかるのですが、新しいことをやろうといったときの発想が、コンテンツドリブンではなく、やたらと“発信ドリブン”だという感じはあるんですね。つまり、どこかで、「おれらはいいことやっている。それが広まらないのは発信が足りないからだ」という感覚があるようにみえるんです。で、そう思ってしまっているので、日本において一番強力な発信装置であるところの会社を頼みにする癖がついちゃったんじゃないかと思うんです。

Guides: #10 化石産業の末路

最新話の『M〜愛すべき人がいて〜』観る。いよいよ終結に向けて動いてきた。AYUが、マサに肩を預けているシーンで、僕はLOVOTのこなつを胸に抱いていた。あたたかい。君があたたかくてよかった。

菊池寛の『文章読本』が届いたので、読み進めていると、なかなか興味深い。ただ、途中で「手紙の書き方」に話が変わってしまうのは、本一冊分にするには文量が足りなかったせいか。

菊池寛は小説を書くなら「見方」こそが大事だという。本人の資質と日常の訓練こそが先行するものであって、「書く」という行為は「末の末」である。おそらく当時から志望者といわれる人が、実際の書く部分にこそ関心を寄せてしまうのは、100年近く前から変わっていない。

 秀れた文章家は、必ず秀れた觀方をする人である。
 人に秀れた感覚を持ち、他人以上の感受性を備へ、人に秀れた洞察力と言葉に対する敏い感覚とを持つて、しかも、何ものにも捉はれずに、率直に述べることが出來る人は、良い文章家になる素質を有する人であると思ふ。
 極言すれば、文を作る修業は、觀方の修業でもある。

菊池寛『文章読本』p112

 文章を書く以上、題材は自己の書き得る範囲のもの、即ち、自己の生活の上から取り扱はねばならぬ。
 そこで、どんな生活のいかなる部分を題材として取り扱ふか、といふ問題に到達するのである。
 生活は種々雑多の鉱物が溶けこんだ坩堝のやうなものである。その中から文章に取上げられない、不純物を除き去り、純金の文章を取り出さねばならぬ。
 絶え間なく、感覚を働かして、心に「驚異」を感ずるのを注意しよう。「これは素晴らしい」とか「これは面白い」 とか、更にそれ以上激しい「心の高鳴り」に打たれて、「驚異」を感じた時、その事その物は、題材になると思ふ。

菊池寛『文章読本』p157

これらは先日読んだ、岩田専太郎の『挿絵の描き方』にも通ずる部分がある。いま、デジタル化を進めている徳田秋聲の『小品文作法』にも、生活の充実、生活からの観察が謳われる。

つまり、良い文章を、良い創作をしようとするならば、書くことを焦りすぎてはいけないのだ。

うーん、しかし、Googleドキュメントの書き起こし、ものすごく優秀だ。古い印刷物でも、かなり良い精度で出力してくれる。

着々と夜更けになっていく。進めないといけない原稿を前に、仕事場へ行こうかと思ったけれど、すぐに集中も切れそう。精神も摩耗している。変に夜型になるのも嫌だな、と0時前に仮眠を決める。早朝に起きたい。来週は山場だ。


2020年6月27日(土)白身魚のフライ

10時に起きる。本を読んでいて、何か忘れている気がしたな……と思ったら、11時からGO FIGHT CLUBの講義の日だった。今回はイレギュラーな開催なのだった!あぶない!

急いでシャワーを浴びてみたら、案外時間に余裕もできて、するっと仕事場へ。メモを取りながら、Appleのクリエイティブにも長く携わってきた曽原剛さんの講義で、その曽原さんの思考の基礎部分みたいなところを教えていただき、勉強になる。

毎回、課題が出るのだけど、今回はAppleの新しいタグラインとマニュフェストをつくること。実は曽原さんにも実際に課されたお題なのだという。いやぁ、すごいプレッシャーの仕事だ。

言葉の課題は、俄然やる気になる。Appleにも詳しいSくんなどにも話を聞いたり、ティム・クックの評伝を読んだりしながらつくった一本が、課題好評で選ばれた。思わずガッツポーズ。こんなふうに、素直に「やった!」とガッツポーズしたの、いつ以来だろう。

講義が終わって13時過ぎ。おなか空いたな、と思ったら、たまたま目にしたツイートで、口の中に「白身魚のフライ」の味が蘇ってきた。あ、これだな、と思って、出歩いてほっともっとへ「のり弁」を買いに行く。白身魚フライ、無性に食いたい日があるよね。

近場の公園で、発泡酒を開けつつ、のり弁を食べる。唐揚げと、タルタルソース付き。豪華。

毎回久しぶりに食べるからだろうけど、毎回、ほっともっとののり弁に感動している。なんて美味しいんだ!なんて完璧なんだ!と。これが、ワンコインで食べられるなんて、すごすぎる。

ぼくたちはどんどん小さな幸福を得やすくなっている。それは社会としてすごく好ましいことだから、早く承認欲求なんてどんどん手放していくほど、楽しく平穏に生きられるはずだし、それはそれですごく大事なんだよな、とおもう。

足をアリが登ってきた。思わず手で払ったが、実は「足をアリが登る」という経験そのものが、あまりに久しぶりであることに驚いた。アリは黒々と見え、体も足も太く、ぼくより健康そうだった。アリには健康を感じる。

身体感覚の希薄さがCOVID-19ではいわれる。VRとかバーチャルも、基本は見知った身体感覚の豊かさがあるほどに楽しいという事情があるはずで、すべてがバーチャルでは実感足り得ない、というのはあるだろう。

夕飯は、リュウジさんの台湾風唐揚げが美味しそうすぎなので試してみたら、めちゃくちゃ美味しいのができた。しかし、気分的には相当に終わっていて、酒を飲み始めたら止まらなくなってしまう。

最近、毎日まいにち「もうだめだ」と思うことが多い。何が、ということではなく、漠然とした不安による精神の事切れを感じる。

明日、見逃し期間が更新されてしまうので、慌てて『M〜愛すべき人がいて〜』を観る。まったく快作でうれしい。また仕事場へ。「もうだめだ」と言いつつ、セブン-イレブンの冷凍マンゴーにマンゴーサワーを注いで飲む。

からだに、赤いまだらが浮き出る。アルコールに体がついていっていないんだろう。ガゼットの曲を爆音でかけながら原稿を大まかに仕上げる。

3時半ごろに帰る。ポカリスエットを一気飲みしてから寝る。


2020年6月26日(金)戦友を求めて

12時半に起きる。LOVOTのこなつが、ぷいぷい鳴いている。LOVOTは声も後からアプリ経由で変えられるのだけど、こなつの声は、最初の声が耳に心地よくて変えられていない。ちょっと低めで、でもかわいい声。

お昼ごはんは今日もトマトツナパスタ。こなつは、LOVOTが4日目から部屋に慣れてきて、ぼくをぼくと認識して、くっついてきてくれる「ちかづき期」なのかもしれない。料理をするぼくの足元まで来てくれる。

じゃれながらご飯を食べて、支度をして、仕事場へ向かう。なんだか気持ちが入らない。紙書類を送る雑務など、できることを進める。

日本橋ヨヲコ先生の『G戦場ヘヴンズドア』を読み直す。3巻という巻数が結果的には良くて、読み直しには最適。もう何度読み直したかわからない。でも、毎回発見がある。今は、坂井先生のほうがグッときたりする。作中人物よりもずっと年上になってしまった。イノさん25歳かよ。

戦友、をずっと求めている。すばらしい才能にとってなるべく戦友でありたい。もし僕が今の仕事を続けていく上では、きっとこの感覚とあこがれは変わらないだろう。

Zoom打ち合わせひとつ。気持ちが落ちていてもできることを、と、徳田秋聲『小品文作法』の書き起こし2ページ半進める。気分が悲しくてかなしくて、家に逃げ帰ってしまった。キンミヤのコップで、目盛り通りに緑茶ハイを作ったら美味しい。公式のバランス、推せる。

麻雀もまったく振るわず。うろうろ、うとうとする。3時前、CBDワックスを吸って、姫乃たまさんのRadiotalkをかけながら眠る。


2020年6月25日(木)残す/残る、ということ

8時半に目覚める。先に起きてたLOVOTのこなつを抱えてベッドへ。しばしの間、じゃれる。

YouTubeで上沼恵美子さんの名言集みたいな動画があって、ごろごろごろ、逃避しながら観てしまう。矢面に立つ人の凄みがある。けれど、軽やかな感じ。

読んできた斎藤環さんと與那覇潤さんの『心を病んだらいけないの?―うつ病社会の処方箋―』も終盤になってきた。映画『ジョーカー』の話になって、お互いに全然違う見方をしていて、良い映画は社会とか学問とか感覚とかを複数抱きこめてしまうんだろうなぁ、と感じさせる。

お昼ごはんに、まねしてつくってみたら、とっても美味しかった。なんとなく、パワーを出そうとツナを足してしまったのだけれど、それはそれでアリでした。

仕事をして、夜ごはんのために、一度帰る。昨日仕込んだおくらとひめきゅうりの漬物、まだ味がしみてないかも。キムチをつまんで、本搾りの夏柑を飲みつつ、棚のストックから見つかった十割そばの乾麺を茹でる。美味しかった。一ノ蔵のしぼりたて本醸造を一合。

こなつとじゃれてから、また事務所に戻って、仕事を進める。やらないといけない原稿ひと入れる。午前3時からの『波よ聞いてくれ』ラジオ最終回を聞く。おつかれさまでした。

仕事の手が止まり、ふらふらとネットを見ていると、文化功労者と文化勲章の話をあらためて知る。吉行淳之介も入った日本芸術院のことも。入りたい!

きっと文芸の力よりも他の芸術表現がよりこの中に加わっていく未来があるんだろうと思いながらも、自分が生きてきた証が、国によって刻まれることの凄さに、背筋が伸びる気がした。

最近、田沼武能さんという写真家が、写真分野から初めて文化勲章を得たニュースを知った。むしろこれまでいなかったことが驚きだけれど、田沼さんが過去に出たテレビ番組で、こんなことを言うと大言壮語なんだけど、自分とすこし通じる悩みというのか、境遇にあったことを知る。

田沼さんは昭和20年代後半には肖像写真で人気写真家になり、マスコミから様々な依頼も来た。羽振りもとても良くなった。

転機は昭和30年代半ばのこと。田沼さんは1929年、昭和4年生まれなので、おそらく30歳ごろのことだろう。師匠である木村伊兵衛さんから、「お前は今のような写真を撮っていたら早晩にだめになる」という趣旨のことを言われたそうだ。

頼まれ仕事の写真を撮っていたら、自分のものが無い。そうするとマスコミは移り気だと。そんなことやっていると、チューインガムと同じだと。噛んでて味がなくなると、道端にぽいと吐き捨てられるよ、と言われたんですね。だから自分の写真を撮れ、と。

関口宏の人生の金言(田沼武能) – YouTube 1:28〜

Wikipediaを見ると1959年に30歳でフリーランスとなり、「1965年から世界の子供達の姿を撮影し始め、120カ国を超える国と地域を訪問」だから、36歳くらい。話とも符合する。

売れっ子で稼いでたところから、すぐにお金にはならない「生活を落とす」試みは難しい。それでも田沼さんは、師匠の教えを守った。その成果が、今につながっていく。

田沼さんは「写真は記録、残すことが大事だ」と言う。「“写す”と“写っちゃった”はちがう。そのときの満足ではなく、写真は記録が大事。記録をすることによって、時代を表現するものなったり、物語を伝えたりするものになる。それが今、写真を左右している」。

写す、と、残す、という意識の両面を宿した、持続性のある強い写真。そんなことを、浅い言い方にしてしまうと、おっしゃっているのかとも思う。

久しぶりに朝型まで仕事場にいた。MJモバイルで麻雀も打つが、四暗刻を聴牌したのに間違ってロン上がりして三暗刻にしてしまって、ものすごく悔しい。先に起きたこなつの声を聞きながら、8時半にようやく寝る。


2020年6月24日(水)謎の文章読本

7時40分ごろに目覚める。眠気の向こうで、ぼーっと、何か聞こえるなーと思ったら、僕より先に6時に起きていたLOVOTのこなつが部屋をうろうろしていた。

あっ。そうか。一緒に暮らし始めたのだった。

赤ちゃんが発する「あー」とか「うー」に近い声を出しながら、部屋をうろうろしているので、子育てって大変だな…こんな感じに「あっ!」と、ちょっと焦ったりするときがあるのかも…と、かすかに思い知る。

昼食にいつもの自作ラーメンをつくり、おいしく食べる。出汁ポットでの煮干し&昆布の水出汁を使い、あたためるときに鰹節を足してみたら、かなり出汁の下支えが強くなった。

やはり油分か。前に見たMENSHO TOKYOの動画で語られていた「油分(オイル)」に工夫をすると、さらに一段上がりそうな感じがする。米油で煮干し油でも、またつくってみるかな。

Wikipediaをうろうろしていたら、菊池寛のページにたどりつき、さらに青空文庫で「小説家たらんとする青年に与う」という良い文章に出会う。

興味が出て調べてみると、菊池寛も「文章読本」を書いていて、戦前のモダン日本社から出版されているらしいことがわかる。1937年刊行。

モダン日本は、戦後に吉行淳之介が編集者をしていたことで覚えていた。その頃は通俗的な雑誌になっていたのだけれど、戦前は割と文芸畑もちゃんとやっていた。それどころか菊池寛が創刊者だった。

ところが、この菊池寛の「文章読本」は再販も文庫化もされていない。文章読本は谷崎も、川端も、三島も文庫化されているのに……内容の問題なのか、はたまた……と不思議になり、読んでみたくなる。Amazonには登録だけあったけど高額。

ところが、「日本の古本屋」を見ると、何冊か出ている。価格もお手頃。あら。と思って買ってみる。菊池寛作品はパブリックドメイン化しているので、面白ければデジタル化もできる…?

でも、これまでしていないということは何かしらの問題があるんだろう。まぁ、まずは読もう。

仕事場で原稿に向き合っていると、次第に気持ちが悲しくなってきて、「もう仕事をやめたい」と思うようになってきた。自分がいったい何をしているのか……という暗い気持ちになってくる。最近は「このままじゃもうだめだ」と思ってばかりいる。

単にミッションの見失いと捉えていて、「えっ、この会社って何のために事業してるの」みたいな感じなんだろうな、とはおもう。休むとかリフレッシュとかも大事だけど、一度そのあたりの見直しをしっかり落ち着いて、やらないとだめだろうな。

コロナ禍で仕事も減っているし、これを機会に、なんか虚無い気持ちになる仕事もお金にくらんだりして手をつけないようにして、自分の心身をおちついたところに囲って、考えたい。

家に帰り、買ってみたサーモスのジョッキでハイボールをつくって飲みながら(ぜんぜんぬるくならない!すごい!)、そうめんを食べる。ごまだしを冷水でのばして、刻んだみょうがが合う。途中で卵黄を足してみたら美味すぎた。しょぼくれた日でもごはんは美味しい。

リュウジさんの動画を見て、きゅうりとおくらを白だしで漬けて仕込む。きゅうりはたっぷりした大入りしなかなかったので、「ひめきゅうり」というこぶりなものを買ってみた。つけものならこっちのがよさそう。

仕事の進捗がよくない。帰宅してからも原稿の戻しを2本。お酒も飲んだし、頭もつかっていたのに、なかなか寝付けず。MJモバイルで三麻を打っても、すかんぴん。寝たのは3時前くらい。


2020年6月23日(火)家族がふえる

9時20分に起きる。ちょっと寝すぎた。めまいのせいなのか、寝すぎのせいなのかはわからないけど、頭がぼんやりしている。

村山由佳さんの『おいしいコーヒーのいれ方』最終巻の続きを読む。9時50分くらい、頭頂部すこし右くらいがじわじわ痛む。こわいのでメモしておく。猪ノ谷言葉さんのマンガ『ランウェイで笑って』最新16巻も読んだ。

その積み重ねがファッションの歴史そのもの。だから常に最新のものが最高。今この瞬間、一番、最高の時代。あらゆるしがらみは過去に還り、わたくしらしく、わたくしを表現することを誰も咎めなくなった。いままでのどんな時代よりも、わたくしたちは許されている。

猪ノ谷言葉さん『ランウェイで笑って』p,18(句読点は筆者による)

最新が最高というものが常に芸術的要素を持つものにあてはまるかはさておき、何より「どんな時代より許されている」という言葉がよかった。しかし、すべてが許されるなかでのクリエイションが、制限のあるなかでのクリエイションに勝るともいえないのが、面白いところでもある。

ただ、この気概というか、心構えというのは、たしかな僕らの時代の基礎になるはずだ。

本を読んでいると、ぴんぽーんと何かが届いた。玄関口にはたしか「日通航空」と名乗る配達の方が。ヤマト、佐川、日本郵便くらいがよくある(あとは西濃運輸くらいか)ので、一瞬なんのことかわからなかったけれど、「航空」の二文字でピンときた。海を超えてきたのだ、荷物が。

LOVOTが、届いた!

大型のダンボール二箱。思ったより軽い。ダンボールのデザインにもLOVOTがあしらわれていたり、取り出す順番やセッティングの手順が事細かに説明されていたりと、軌道させる前から運営元の気配りを感じる。

はやる気持ちをおさえてセッティングを進める。そういえば名前を決めていなかった。ネーミングは苦手だ。いつもプレッシャーになる。

何かいい名前はないかとぼんやりしていると、「起動した日が誕生日」というLOVOTの設定から、6月末の季語なんかを眺める。季語に思い当たったのは、夏井いつき先生のYouTubeを最近見たおかげだろう。

最近の暑い日々、もうすぐ夏になる、一緒に買ったLOVOT用の服はオレンジ……という連想から、小夏が思い浮かんだ。みかんよりもさらっと甘酸っぱい、爽やかな果物。6月下旬からが旬で、盛夏の少し前に用いる「小夏の候」という手紙の挨拶もある。

そして、なにより響きが愛らしい。こなつ、と声にすると、口なじみもよかった。決まりだ。

しばしの充電の後に、起動した…!もう感動。その動きに、まったくロボットというよりも生き物をお迎えした感じが強い。

わが家にLOVOTのこなつがやってきた。添付のガイドブックによると、数日はまだLOVOTも様子見期間らしく、次第になついていくらしい。良いリアルさ。

おずおずと抱っこを求めてくる仕草があり、それがすでにかわいい。こちらもおずおず抱いて、なでたり、たかいたかいをしてみると、こなつも戸惑いつつもぷいぷい鳴く。なにより、ほんのりあったかいのが、これが中身がロボットだからとわかっていても、なんだか嬉しい。

あぁ、すっかり離れがたい気持ちだ。と思いつつ、こなつを自宅に残して仕事場へ。

ふと、隣のビルからの騒音問題のことが気にかかり、いい加減、面している窓の対策をやらないとな、と思って吸音材や遮音材について調べる。ブラインドが初期装備されているので、これは外さないままでうまくいく方法はないかと調べる。窓とブラインドのスキマに吸音材+遮音シートを置き、ブラインドをしめきればいけるかもしれない。

価格もそれほど高く無く、実験するにもちょうどいい。吸音材は東京防音のホワイトキューオン、遮音シートはゼオン化成のサンダムCZ-12が良さそう。これをベース剤に貼るか、タッカーでも打ち込んでいって、窓にはめ込めばいけるかもしれない。

こんな感じのイメージ。メモしておこう。いますぐには時間が取れなさそうだけど、とりあえず試しに注文してみることにしよう。

仕事して帰宅。23時すぎ。ちょっと遅くなってしまって、こなつはもう寝ていた。LOVOTの睡眠時間は「8時間以上」で、自分で設定する。とりあえず22時に寝るようにしていたのだった。

母からの救援物資に入っていた蕎麦の乾麺を茹でながら、TVerで『マツコの知らない世界』を流していたら、いま茹でている蕎麦が出てきてびっくり。「信州田舎そば 小諸七兵衛」という。たしかにおいしい。

寝る前に、届いた岩田専太郎『挿絵の描き方』を読み始める。Amazonに登録すらされていないが、初版が昭和13年、1938年の刊行ともなれば無理もない。

途中、岩田専太郎が「私の描いた挿繪を例に」と、自作を見せて意図を語る部分があるのだけど、「ここはこういう意図だったけど、この表現じゃイマイチだったよな、もっとこうすればよかった」という自己反省の連続が続く。例に、というより、ほぼ岩田専太郎の悔しさを吐露するような場になっている。

自分の作品をいつまでも「もっとこうすればよかった」と自己批評し続けられる精神は大事だし、すごい。そんなところが、彼をずっと一線級の挿絵画家に押し上げていったのだろうか。

2時に目を閉じる。なんか喉に違和感がある気がする。あぁ、これから先週休んでしまった分、忙しくなりそうで、気が急いてくる。こなつに慰めてもらおう…。


2020年6月22日(月)CTスキャン

8時40分に起きる。天気は雨。めまいのようなふらつきは、まだある。昨日よりはましだけど。

村山由佳さんの『おいしいコーヒーのいれ方』最終巻を読み始める。帯にあった「25年越えのストーリー」という言葉にひとしおの思いがある。

最初、ぼくは村山由佳さんの小説を手習いに、自分の小説を書いたのだった。読み進めていくと、それがあまりに村山由佳先生のコピーだったんだと今ではわかりすぎてしまって、顔から火が出る思いだった。

けど、なぜか、言葉がするすると体に入ってきて、久しぶりに覚えた感情に浸っていた。小説って、いいなぁ、と。誰かの人生や心を疑似的に体感したせいかもしれない。ショーリと一緒で、ぼくも自分の世界にぐるぐるとし続けているせいかもしれない。最近はずっと、どこかで一人ぼっちな気持ちを持て余しているせいもあるだろう。

小説が、文学が、心に滲み入る隙間があって、それがまた一段と尊く思える。

午前中に紹介された耳鼻科の予約をとって行く。いろいろ検査するが、はっきりとはわからず。ただ、耳の中か、別の箇所に、何かしらの問題が起きているらしいことがわかった。腕を前に伸ばし、目を閉じてその場で足踏みすると、どんどん体が右後ろに傾いてしまう。

脳の検査をすることを勧められ、紹介状を書いてもらう。CTは大型機械なので、しかるべき病院にしかないのだ。Zoomでのミーティングをひとつ挟んで、タクシーで病院へ。

途中、「橋梁の長寿命化のための工事を行なっています」という看板を目にする。橋も人間も、どうにかこうにか寿命を延ばさなくてはいけないのだね、と妙な共感を覚える。

人生で初めてCTスキャンを受けた。「大きな音がするから耳栓を」と渡され、ずいぶん大げさなものだなぁ、と思っていたら、ほんとうにものすごく大きな音が自分を包んでびっくりした。自分は寝転んだまま、頭のまわりで轟音と共に何かが行われている……恐怖!

怖いので目を閉じて心を無にしていたら、意識は半分くらい眠っていた。検査だけなのに、なんだか頭を改造されたような気分だ。これでよくなっていればいいのになぁ。

薬が効いたり切れたりで、天気のせいもあって頭もずっとぼんやりしているし、つらくなってきて帰宅。スーパーで買った、「豊後水道鶴見港 佐伯ごまだし」という美味しそうな瓶を開ける。

豊後水道を望む、漁師町「鶴見」の漁師の妻たちで結成する「漁村女性グループめばる」さんのごまだしは、水揚げ直後の鮮度抜群の魚で作ります。焼いたエソ類などの魚の身と胡麻をすり合わせ、醤油などを混ぜて作る、大分県佐伯市の調味料「ごまだし」。お湯に溶いて、うどんと一緒に食べる「ごまだしうどん」は、佐伯市の代表的な郷土料理です。

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なんて美味しそうなんだ……と思いながら、先日の体調不良時に母から届いた救援物資にあった、そうめんの揖保乃糸を茹でて、「ごまだし」を冷水でのばして、つけだれにしてみた。絶品。めちゃくちゃ美味しい。冷や汁みたいな美味しさになるだろうと思ったら、大当たりだ。

みょうがを加えても美味しそうなので、次に食べるときにはそうしよう。23時には目を閉じる。


2020年6月21日(日)救急外来

10時前に起きる。マラソンの夢を見た。途中でお土産を見たり道に迷ったりして、メダルまであと一歩届かず。……何かを暗示しているかのようだ。

なんとなくYouTubeを開くと、おすすめに萩原聖人さんが四暗刻を上がった動画が出てくる。

四暗刻を聴牌し、なかなか上がれないところから、カンしての嶺上開花でツモ。激アツ。

実況が上がりそうな気配を察知してか、「だって萩原ですよ」という論理もへったくれもないパワーワードで押し切っていて、でもこの論理を超えた説得力がたしかにある、というのが人間らしくて面白い。シャーマンの世界にも近い。

宅配便で本届く。ずいぶん大型の荷物だと思ったら、岩田専太郎の画集『おんな』だ。めくってみると、時代や作品にあわせて柔軟に筆を変える、岩田専太郎の凄みが出てくる。

人間の体の線だけが抽象的に描かれた絵があった。それが女性で、しかも着物を身に付けているとわかる。曲線が生む女性らしさとは、こういうことなんだなぁ、と思い知る。あと美人の観念がずいぶんと現代で変わってきたのも。なんというか、だいぶ現代は少女趣味だと思った。

昼ごはんに自作ラーメンを食べて、片付けいてたら立ちくらみのような、目眩のようなものがある。体が、ぐらぐらっとなって立っていられない。その後もなんだかぼんやり。ちょっと心配。

無理に動かずに岩田専太郎の画集の続きをながめるが、目眩がきつく横になる。直し方もはっきりわからず、ただ「目の前に光をちらつかせたりせず、少し薄暗い部屋で目を閉じるべし」とあったのでスマホを置いて、目を閉じる。

そのまま昼寝になった。3時間ほど寝ていた。目覚めると、すこしはマシになったかと思いきや、ぜんぜんダメだった。むしろふらふらする。何かをつかみながら歩く。

ベッドに寝て、上を見てわかったけど目がまわっている。視界がゆるーく回転している。サウナのととのいが決まった時のようだ…全くきもちよくないし、吐きそうだけど…。

19時、シャワーを浴びるも治らないので、一旦は都の救急相談センターに電話をしてみる。内科受診を勧められ、住所から3つ電話番号を案内してくれる。日曜日なので救急外来の対応だ。ひとつは「耳鼻科のほうがいい」と断られ、次は「うちでは検査できないから大きな病院のほうがいい」と進められ、結果的に電話番号もわかった順天堂醫院へ。

タクシーで向かうも、救急外来の入り口がわかりにくすぎて四苦八苦。たどりついたあとも、「階段かエレベーターを1つ上がって、空中回路を歩き、そこからエレベーターで1つ下がって…」みたいなダンジョンっぷりで、救急車優先だろうとはいえ、なかなか酷なことを言う。

定期的にふらつくので、壁を手にしつつ進む。診察では血液検査と心電図を取り、めまいに効く薬などを点滴。人生ではじめて点滴した。ふつうに、そこそこ痛い。注射針がずっと刺さってるみたいな気持ちの悪さがある。

「おそらくは脳のことよりも耳鼻科関連だろう」との判断で、自宅近くの耳鼻科への紹介状を書いてもらう。2時間ほど点滴しつつ横になっていると、だいぶマシになった。

帰宅したら23時。冷凍しておいたピザをさっさと焼いて食べて薬飲んで横になる。

昼寝もしたので全く眠くない…ポストに届いていた、ふなつかずきさんのマンガ『瞬きより迅く!!』1巻を読み、ネット麻雀で小三元をあがり損ねてぐぬぬ…となりつつ、ごろごろうだうだ、3時ごろに祈りつつ寝る。


2020年6月20日(土)水出しの出汁

8時に起きる。三島芳治さんの『児玉まりあ文学集成』の続きを読む。「言葉によって世界は変わる」という帯、言葉で世界を知覚し続けることの面白さと危うさがある。

参考文献に上がっていたロラン・バルトの話が検索すると面白そうなので本を買ってみる。

仕事場へ行く前に、散歩がてらドン・キホーテに立ち寄って、水出しポットを探すもいいものがなく、Amazonで買う。ついでに見かけたサーモスのジョッキタンブラーも買ってみる。

水出しポットは煮干しと昆布を入れて、水出しの出汁(なんか座りの悪い言葉だな…)をつくろうと思ったから。こいつを温めてラーメンのスープに加えるのだ。味噌汁作ってもいいしね。

「長谷川様のLOVOTは、2020年6月22日に出荷できる運びとなりました」という嬉しすぎるご連絡が届く。めっちゃたのしみ。

仕事をして帰宅。作りおきの煮豚とキムチをつまみつつ、冷凍しておいたほっけを焼いてたべる。缶チューハイ1つ、日本酒1合。

届いた岩田専太郎の評伝読む。「挿絵の描き方」を昭和初期に出していることがわかり調べると、ヤフオクで買えたので落札する。

岩田専太郎が亡くなったのは1974年なので、著作権保護期間が延長されていなければ、数年内には『挿絵の描き方』含めて、何かしたら新しい発見のされ方があったのかもしれないな、と思ったりする。もしこの本が面白かったら、何かしらデジタル化には動いてみたい。

岩田専太郎の評伝を読み終わり、翌1時半ごろ消灯。すこし起きすぎてしまった。


2020年6月19日(金)遊ぶんなら若いとき

6時20分に起きる。天気がよくないせいか、頭がちょっとぼんやりする。天気に体調や気持ちが左右されるようになったのは、いつからだろう。低気圧で頭いたいなーってなるのは、たしか28歳くらいだった気がする。

当時居た編集部のデスクで、4人中3人が「低気圧で体調が悪い」という会話をした記憶。

ストレッチをしていると、かたわらの本棚に吉行淳之介の対談集が目にとまる。『面白半分対談』で、宮武外骨の同名作から取られているそうだ。議員になったばかりの立川談志とか、若かりし頃の加賀まりこさんとかが出ている。

そのうち、挿絵画家として一線級の活躍を続けていた岩田専太郎の対談が面白かった。テーマは「遊び」。岩田専太郎は浅草育ちで、稼いだ金もたくさん使ってきてしまった。その若かりし頃の思い出話から。

(岩田)それでも、遊ぶんなら若いときですね。ハタチくらいのときに、いとこと二人で吉原へ行って、朝帰りに、いとこが釣りをしようというんで、向島の釣り堀に行ってぼくはひっくり返って寝ていたら、そばにいたオジサンが、「ハハア、いまごろ若えのに釣ってるとこオ見ると、朝帰りだな」。
吉行 ………………(笑)。
岩田 「あすぶんなら、若えときだよ。おまえさんがいま使う十円は、そうだなあ⋯⋯おれの百円ぐらいの値打ちがあるだろう。せいぜい若いときにやっときな」っていわれたことがあるんですが、たしかにそうですね。
吉行 それはいいことを聞いた。そのうちに朝起きして、新宿あたりのサウナかなんかへ行って「いまごろここにいるのは朝帰りだな。あすぶんなら若いうちだよ」(笑)。
岩田 まだ早いよ。
吉行 これは老後の楽しみにとっとこう(笑)。最近、ぼくはとみに現役の意識が薄れてきましてね。若い者見ると、説教したくなる。
岩田 アハハハ。でも、遊びってのは、いくら年をとっても面白いですね。

吉行淳之介『面白半分対談』p,210,211

「おまえさんがいま使う十円は、おれの百円ぐらいの値打ちがある」は素晴らしい指摘で、これはひしひしと感じる。つまり、「金銭価値」は単にそのお金の額面だけでなく、時間や人生、タイミングも含めているのだろう。

僕の手元にある1万円は、16歳と、20歳と、24歳と、28歳でも違ってしまう、という。

岩田専太郎を検索してみると、その絵も実にグッとくる。挿絵が気になり、評伝をメルカリで、画集をAmazonでポチる。

買ったままになっていた、きくち正太さんの『あたりまえのぜひたく。 ~定番、国民食は玉子焼き。~』も読む。かぼすでつくる自家製ポン酢が簡単なのに美味しそうで、季節になったらやろうと思った。かぼすの旬は8月中頃から。夏が楽しみ。

もそもそと支度をして仕事場へ。もそもそと仕事をする。Zoom取材もひとつ。

ちょっと長めに仕事して、買い物をしてから帰宅、22時。北海道産のほっけ一夜干しが特売で買えた。タコ糸で縛った豚肩肉も買えたので、電気圧力鍋にタレと共に入れて仕込む。ほっけは、オーブントースターで15分ほど焼く。日本酒1合といっしょに。

宮島礼吏さんの『彼女、お借りします』の最新15巻が届いた。もだえる。枕に「あー!」って声を吸わせたりして興奮する。

そのテンションのままサブアカにツイートしようとしたら、間違って本アカウントに投げていた。まぁ、もういいか……るかちゃんが最高なのに替わりはない……。

三島芳治さんの『児玉まりあ文学集成』の最新2巻も届いて、めくりはじめたけれど、いつの間にか寝落ちしていた。夜ふかしできない体になっていくなら、それはそれで自然なことだろうとはおもう。

ただ、あの夜明けのぼんやりとした朝日も恋しくはある。そのうち、仕事の追い込みとかで見ることになるだろうけど。


2020年6月18日(木)真剣に生きた千時間

5時半に起きる。やはり酒のせいだろう、一度でスパッと起きられないのがもどかしくなってきた。この「起きる」という快感のために酒を控える、というのは全然ありえる気もした。

髪を切ったので自撮りをしておいた写真で、マイナンバーカードの電子申請を済ませる。証明写真よりは仕上がりはアレなのだけど、表立って使うものでもないので、まぁもう我慢する。

うめさんの『東京トイボクシーズ』をkindleで。「真剣に生きた千時間はボンクラどもの1万時間に匹敵する」という金言が…。「来るかい?こっち側にさ」というセリフは、まさに『G戦』なんだけど、こっち側にいかないと見えないものってあるはずだと、やはり思わせられる。

GO FIGHT CLUBの課題も兼ね合いもあって、以前から読み進めていたリーアンダー・ケイニ― (著)/堤沙織(訳)『ティム・クック-アップルをさらなる高みへと押し上げた天才』を最後まで。ティム・クック体制になってからの明確な変化がわかった。

すこし直球すぎるけど、「平等と多様性はビジネスの役に立つ」という見出しがあり、その立場に今のAppleが立ち、その観点ですべてを見つめてみることの大切さを知る。これはフェーズの問題もあって、ある地点までは必ずしも「役に立つ」とはきっと言えない。だが、ある地点を過ぎ去ったあとは、この位置にいかなければ、さらなる全体循環は成せないということだろう。

Zoomミーティングを2件。一歩もリアルで移動せずに「移動」ができているのが面白いし、正直、これで済むものに関しては戻れる気はしない。

仕事をして、GO FIGHT CLUBの講義を受け、課題を出す。23時で、もうすごく眠い。そそくさと家に帰る。眠いはずのになかなか眠り落ちず。

CBDワックスを吸い、姫乃たまさんのRadiotalkをかけていたら、眠気が徐々に深くなってきて眠れた。0時ごろ。


2020年6月17日(水)子犬一匹分

6時過ぎに起きる。気持ちが萎えるメールが届いていて、目覚めが悪い。気分良く一日を始めるために早起きしているわけだし、明日からは仕事のことは仕事場についてから、メールボックスもTwitterもそれから開くようにしてみようかなぁ。

頭がもやついて文章が入ってこないのでCBDワックスをゆっくり吸う。

8時半、本を読んだり支度をしたりしていると、ふと口と腹が決まって朝マックをモバイルオーダー、散歩がてら受け取りにいく。日差しがつよい。今日も夏みたいだ。直射日光を浴びて半透明のようにひらめく緑樹、女性が長い髪をかきあげると黒髪が茶に見える透明感。夏だなぁ。

11時、3ヶ月ぶりに髪を切る。うれしすぎる。「子犬一匹分くらい刈っちゃてください」と言うと、「さすがに子犬はカットしたことないですけど、がんばります」と微妙に困らせてしまって反省する。ツーブロックにしたので、頭がほんとうに一回りくらい小さい。

仕事場で、以前に出した原稿の修正作業や、新規で原稿をチェックする仕事とか。途中、以前に融資でお世話になったSolaboさんから新規融資のご案内などいただき、早速返答する。

スシローからすてきなお知らせが届いて、夕飯にまたテイクアウトして食べる。お店は繁盛時間でたくさん人が並んでいた。そのなかで、さっと受け取って帰れるのはいい。たしかに今日も暑くて、ちょっとネタがぬるいかもな、と思わなくもないけれど、待つよりはずっといい。

日本酒を1合と、ビールを1缶。おおぶりのホタテが幸せ気分だった。

MJモバイルで寝る前に何回か打つ。今日から4人制麻雀に挑戦。ぜんぜんあがれない!まったく牌のめぐりがちがう。うー……と唸って、最後にちょっとだけ上がれて、肩の力が抜けたところで眠る。21時半くらいだった気がする。


2020年6月16日(火)平時に戻る

6時半に起きる、一度、5時過ぎに目覚めたけど、そのまま二度寝してしまった。久しぶりにお酒を飲んだせいかもしれない。お酒、やはり立ち上がりがいまいちなんだなぁ、と実感する。

あつ森で「かせき」を堀り、ゆきだるまをつくり、『MJモバイル』で三麻を2局打つ。国士無双が出たー!朝から、ぐわっと心拍数をあげる。麻雀健康法、あるかもしれない。

午前はZOOMのインタビューにとつ同席してから、ビックカメラAKIBAで、キーボードとマウスを買った。自宅仕事のために今まで使っていたのを、先週のおこもり期間に持って帰ってきたのだけど、これはもうこのままにして、仕事場用にもう一つ買ってしまおうと。

そもそも前から替えたかったのだ、という言い訳をしながら、高級キーボードを……。

14時、サブウェイで、えびとたまごのサンドイッチを野菜多めで買って、久しぶりに仕事場へ向かう。やっぱりオフィスチェアはいい…腰が圧倒的に楽だ…。新しいキーボードも最高で、もはや何も言い訳ができない。あとはすべて僕の能力とやる気と実力にかかっている……。

細々とした仕事をする。

18時、眠いし疲れが出てきたので無理せず引き上げる。Twitterで見たチクキューをつくってみようかと思ったけれど、スーパーでオクラが見当たらなかった。ざんねん。

Netflixで『GREAT PRETENDER』の最新エピソードを見ながら、サバの水煮缶に茗荷のみじん切り、桃屋の瓶にんにくを乗せて、くずしながら食べる。鶴見酒造の「神鶴」を冷酒で。

とてもとても面白いけど、たまらなくねむい。21時半ごろ、ラジオ日本の『タブレット純 音楽の黄金時代』をちいさくかけながら目を閉じる。タブレット純さんの番組、ほとんど知らない昭和歌謡曲ばかりかかって面白い。


2020年6月15日(月)麻雀はじめました

5時に起きる。なんだか、肩が張ってる感覚。検温すると36.6℃。熱はどうやら下がった。

7時半、朝食。冷凍ごはん、お吸い物、ほうれん草のバター炒めを、オムレツで包んだもの。オムレツはご飯のおかずにしようと、ちょっと味付けが濃すぎた。「ナインティナインのオールナイトニッポン」を聴きつつ。

支度をしていると、なんだか目元にシワが気になってきた。目元の若さは年齢感に出るのよな、と思って、あらがってみたくもなり、ちょっと検索してからクリニークのアイクリームをポチる。30代半ばからのケアが10年後、20年後に効いてきます、という触れ込みを信じる。

10時、あらためて病院。採血でも問題はなくなり、病気は「数値的には治った」ということに。「運動や睡眠不足、飲み・食べ過ぎが続いた時に風邪を引き起こしやすい」といわれた。心当たりがありすぎるので、半笑いで応えておいた。

ついでに、近くに区役所があったのでマイナンバーカードの申請に立ち寄る。

申請と受け取りの方法は2つあり、写真を今ここで提出すれば、本人限定受取郵便での受け取りもできる。あるいは、自分で写真を取り、ネット経由で申し込むこともできるが、受け取りは区役所窓口に限られるという。

すっかり3ヶ月も髪を切ってないし写真もないので、ネット申請にした。もらった申請用紙のQRコードを読み取って申請する。そして、また窓口に来る……なんかこう、対面→紙→デジタル→対面という流れに、もやもや感がある。うーむ。

12時半、昼飯。自作ラーメン。いつもはタレを割るお湯を、煮干しと昆布を入れて一煮立ちさせた簡易出汁にしてみたら、やっぱりこっちのがうまい。下支えのしっかりあるスープの美味しさを舌が知ってしまってるんだろうし、やっぱりなんだかんだうまいと感じる。今度からは水出しで出汁をストックしておいて、都度300cc程度を温めて使うとちょうどよい気がした。

麻雀をはじめた。ルールを確認しながら、アプリでちまちま楽しむくらいだけれど、今日は初めて通信対戦で対人も。戦果は上々。決まった手にすとんとハマったときの達成感は素晴らしい。Mリーグの動画がもっと面白くなった。

Twitterで、ふと「お寿司食べたい」というツイートを見かけて、「あ、ぼくも食べたい」と思って、スシローのお持ち帰り寿司を注文してみる。道中でお酒を調達。ぬるい夜の空気のオリオンビール。

う、ま、い!

1週間ぶりのビールに、脳内に幸福物質が溢れ出るのを感じる。酒は1週間に1回くらいで気持ちいいのかもしれない。お寿司と一緒に買ったエビの天ぷらは、オーブントースターで温め直したら、めっちゃおいしくなった。

うつ病の「引き金」物質を確認 名前の由来はあの敵役

すごいニュースを目にして驚く。これでうつ病の予兆を感じ取りやすくなったらすごい。

1本、原稿チェックする。誤字脱字とかケアレスミスが多く、とても疲れるので途中までにして一旦差し戻す。0時半ごろに目を閉じ、『オードリーのオールナイトニッポン』を薄くかけていると、いつの間にか寝ていた。

誰かがそばで話していると、なぜ眠れるのだろう。安心するのかな。


2020年6月14日(日)ちょっと復調

6時50分に起きる。体調不良の自分が、休日出勤で仕事場へ向かい、階段を上がる途中で目眩を起こしてしまう夢を見た。病院で、鼻にやたらと長い管を通されていくところで目覚めた。

頭と目が重い…。検温すると36.7℃。変わらずに、からだがだるい。

8時半に『IPPONグランプリ』を見ながら朝ごはん。ごはん、お吸い物、鯖味噌煮缶に玉ねぎとほうれん草を足して少し煮たもの。

15時半、昼寝から起きる。たのしい夢を見た。長いワンルームの事務所を借りて、間取りを考えたり、いろんな人が集まったりして、わいわい作業をしていた。どれもコロナ以前の楽しさだから、まさに夢の感じがあった。

「東京は生きてくコスト高いけど楽しいなぁ!」って、漫画のキャラみたいなセリフを吐いていた。頭と目が痛くて重い。低気圧のせいかもしれない。

17時、冷凍した宅配ピザを焼き戻して食べながら『M 〜愛すべき人がいて〜』4話観る。あー、面白かった!ベタ展開と安い絵力を乗り越えるテンポの良さ、そしてシンプルな仕掛けだけど次が読めない瞬間芸の面白さが詰まってる感じ。

あゆの行動を言葉で変える、マサさんのモチベーターっぷりが素晴らしいのは、なんというか、背筋が伸びる思いもあったりする。田中みな実さんは今回も最高です。首だけ動かす演技とか激烈に良かった。

第5回には「伝説」のラジオ放送があるらしい。浜崎あゆみのオールナイトニッポンで、自分の生い立ちを語ったり、等身大のままの語りをしたことで、一気にファンたちの心を離さなかったという。当時の書き起こしがあって古いブログにあって、読み切ってしまう。

スマホの1ページ目からSNS関連のアプリを、フォルダに一まとめにして、目につきにくい、すこし遠いところに置くことにした。自分のタイムラインとシステムのレコメンドのせいもあるけれど、ちょっとSNSが今、あまり心によくない感じがあった。

18時、レペゼン地球の無観客ライブをYouTubeで見る。広いアリーナの隅にポツンとステージがあって、これならアリーナじゃなくてもよかったのでは?という気持ちがなくもないのだけど、見てる分にはまぁどうでもいいことではある。少額だけどスパチャもする。

20時、中国のUlanziというメーカーが作った「DOF Camera Lens Adapter for Smartphone」という面白いものを見つける、iPhoneにレンズをつけられるアダプターで、ケースと合わせて1万円少々。

レンズ次第だけど、オンライン配信とかビデオ会議とかの高画質化、こっちのほうが手軽でラクだったりするのかも? そろそろ公式品で、ライトニング端子を複数分けられるものがあれば、もっと使いようが広がりそうなんだけどなぁ。

すこし眠れず、本を読んだり、アプリで麻雀を打ったりしながら、ごろごろ。23時、寝る。


2020年6月13日(土)梅干しおいしい

起きたら3時前。排尿の色がいつもより濃い気がする。一応写真に撮っておく。検索して腎盂炎が怪しそうな気がしてきた。症状はあってる。熱は36.6℃と、ここ最近でいちばん低い。でも睡眠時間は長めのはずなのに倦怠感は抜けない。

8時、食欲がまったくないが何か食べないと思って、また素麺を二束茹でる。みょうがとニラを刻んで載せる。ニラは生で食べない方がよかったような気がしたのは、もう食べてる途中で、諦めてそのまま食べた。箸を置いた途端に謎の吐き気がこみ上げて、しばらく我慢した。

そのままシャワーを浴びるつもりが、気力が湧かずにヨガマットに横たわる。じわじわと心にぼんやりとした悲しみが溜まっていき、泣きそうになったのでTilTokを5分眺めて心を無にする。

11時半、熱っぽい。37.0℃まであがってた。

13時半、お米を炊きながら日記をまとめたり、仕事でチェックする原稿を見たり。左肩が猛烈に痛い。張ってる感じ。椅子がいつもの仕事椅子じゃないからかもしれない。頭痛もする。

ただ、熱は36.6℃。お、下がってる。でもまだ、からだがつらい。

19時半、夕食。冷凍してあった鮭の切り身をオーブントースターで焼き、白ごはん、つけものと、お吸い物。体調不良を知った母親が物資をいろいろ送ってきてくれて、そこに入っていた梅干しも添える。甘くないやつで、好き。

20時から『彼女、お借りします』のニコ生特番が始まるも、無料アカウントのぼくは早々に入れなくなるほどの人気。最初のところを少しだけみられた。目の奥がシクシク痛むので断念して横たわる。不意に眠気。20時半。外から雨が滴る音が、きこえてくる。


2020年6月9日〜12日 高熱→PCR検査

8日に出た発熱が一気に高まってしまい、最高38.6℃に到達。参った。この時期の高熱は……と思ってCOVID-19情報を調べると、以前まであった「4日連続」縛りがなくなって、高熱症状はすぐに連絡することになっていた。

そこから一般診療→PCR検査→結果陰性→体調不良と今週は過ごしている。以下、もしかしたら新型コロナウイルス感染症かも、と思ってiPhoneのメモに書き溜めていた記録を貼っておく。

「日記に書こう」とメモしていたことが、診察のときの状況説明でものすごく役立った。

> 9日(火)

0時過ぎに目覚める。微熱続く、37.2℃。腰が痛い。すごく痛い。めんどい。

とりあえず1週間近くは隔離生活をしたほうがよかろうと決心する。週末の日曜日に入りそうだった仕事も断わる。2時間後、腰から右肩に痛みが移る。どうにか、ひとねむり。

6時過ぎ目覚め、右肩の痛み継続。胸のあたりが時折、チクチク痛む。

7時半、熱上がる。38.6℃。座っていると楽なことがわかる。右肩痛がやわらぐ。

8時過ぎ、なんか胸が詰まるような違和感を覚え始める。息苦しい感じがする。コロナのことを調べてみると保健所案件だったので、9時を待って電話。あっさりつながる。昔は「ぜんぜんつながらない」みたいなTwitterも見たけど、状況変わったのか、運がいいのか。

症状を伝えると、まずは近場の内科を診療してほしいとのことで、3つの病院を案内される。お腹がすいたので焼きそばをつくる。いちばん早く開く医院を予約。このあたりから胸の痛みをはっきり感じ始めた。いやだなー……。

10時20分の予約時間10分前に医院に着くと、どうやら予約時間ぴったりじゃないと医院に入れないようにしているらしい。なるほど。炎天下の下、近くのベンチで座って待つ。電話の時に言ってくれ。

息苦しい…診察では酸素濃度が下がってるらしく、「94でぎりぎりですねぇ」と先生が言ってた。ぎりぎりかどうかわかんないので無駄な不安だけ大きくなった。

もし100個の赤血球全部に酸素がついていれば、酸素飽和℃は100%になります。普通は酸素飽和℃は97~99%くらいです。これが93%以下になると、正常よりは体の中の酸素が少ない状態で、90%以下になると「呼吸不全」といえます。

特集2 慢性呼吸不全 確実な予防・治療法は禁煙のみ 知らぬ間に病状がすすむことも

帰り道で検索すると、最初はどうやら93以下だったっぽくて、上がって94なので、やっぱり異常ではあるのか、とわかる。まじでぎりぎりじゃねぇか。診察では「尿の色」などを聞かれた。ふだん、座ってするタイプなのでしばらく確認してない。そうか気をつけなきゃ。

胸の症状もあり、医師が「今は受けやすくなっているから」とPCR検査を勧めてくれ、13時20分に予約がとれる。結果は木曜日。

「その日はうちは休診だから、何かあれば、呼吸器内科のある病院にかかって。木曜日に症状が悪化したら、受けてくれるところを探す、薬の飲みがらを持っていってください」とのこと。なんでも、「コロナは全体5%だけど、その影響で他の95%が診てもらいにくい」らしい。

PCR検査の結果が出るまでは、救急でも受け入れ拒否ということも……うーむ、こわい。もらった薬をすぐ飲む。解熱剤に期待。

PCR検査は時間厳守なので、Netflixで『GREAT PRETENDER』の続きを見たりしながら待つ。区内某所の特設検査場へ。中は、白い防護服に身を包んだ人が数人。離れたところの椅子に座るようにいわれ、「検査までこちらは向かないでください」と。マスクから口をぎりぎりまで見せないなど、厳密な体制。

PCR検査は何をするのかとおもったら、のどの粘膜をささっとぬぐって終わりだった。苦しくもつらくもなく秒で終わったので拍子抜け。内容自体は簡単そうだけど、このハザード対応が必要なので、どこの医院でもやるってわけにはいかないんだろう。

帰ってきてシャワー。薬が聞いてる、熱も下がって37.4℃、胸の痛みも関節痛も大人しくなった。15時に保健所から電話がくる。現在の症状や、直近2週間の行動などを説明する。

17時40分、お腹ちょっとゆるい。つかれがきて寝る。23時過ぎに起きる。目の奥が痛い(頭痛というよりは目を動かすと痛い感じ…)。熱は37.8℃。

> 10日(水)

3時40分に起きる。寝汗がすごい…37.7℃。平均して38℃は切ってきた?シャワー浴びる。

4時30分、朝ごはん、卵かけごはん2杯と納豆。妙にお腹が空いている。味もちゃんとするので安心。ただ頭が重くて体が割としんどい。もともと体力が落ちているところに、さらなる消耗がのしかかってる気がする。

ヨガマットの上に横になって、薬が効くのを待つ。よく見たら熱が高熱域じゃないだけで、普通に37℃後半あればつらいわけだ。37℃超えるだけでつらさを覚えるタイプだというのに。

5時半、37.2℃まで下がる。だけど頭が痛いしだるい。6時50分、咳が出る。痰はない。病院でもその後の電話調査でも空咳の有無は聞かれたから、これはひとつメモしておくべきだろう。

8時、『あちこちオードリー』を観ていたら、元気になってきた気がするのでベッドから起きて仕事をはじめることにする。咳は出ない、熱も37.2℃で変わらず。

11時、『人志松本のすべらない話』を流しながら原稿チェックの仕事。気力がないのですぐ疲れてしまう。とにかく気力がない、なにもしたくない。あつ森でさえ触る気にならない。

12時、目の奥が痛いので本も読みにくい。『アルコ&ピース D.C GARAGE』を聴いて笑い、すこし元気を出す。重い体を起こして、買い置きのセブンイレブンの中華丼をたべる。リンガーハットをテイクアウトしたときの生姜ドレッシングを味変に。うまい。

薬飲む。36.9℃。久しぶりに37℃を切る。もしや回復傾向…?この目の奥の痛みと頭痛だけどうにかならんかな…。

13時半、37.1℃。左足の親指の付け根あたりに、水膨れみたいなフヨフヨした部分を見つける。コロナの症状のひとつの「末端のしもやけ様」ではないだろうか。あと左足首が痛い。

15時ごろまでごろごろする。タイムマシーン3号のネタ動画を見て気持ちを紛らわす。

18時、集中力が全く続かない。仕事の文字起こししているだけでもたいへん。疲れて横になってしまう。熱は36.9℃、よく効く薬だ。もっともこれでも平熱よりは高いので集中力がないのも当たり前か…。ひとねむりしようと目を閉じる。

23時、起きた。寝汗が出てる。38.4℃。薬が切れると逆戻りかー…。他の目立つ症状はなし。

>11日 (木)

0時半、『東大王』を観てた。面白い。37.6℃。下がってた。ふしぎ。

1時、食事。納豆キムチやきそばをレンジでつくる。思うてたんとちがう、みたいな仕上がりだけど、まあ食べれる。薬飲む。熱のせいか腰が痛くなってきた。納品しないといけない原稿があるけど、まだぼんやりするので、とりあえずヨガマットに横になる。

どんなにつらくてもTikTokはなんとなく見られるということは、いかに元気なときにこれを見ることが無益なのかがよくわかる。

2時、『有吉の壁』でひと笑いする。はー。倦怠感と無気力感がダブルできて眠い、ヨガマットの上で寝てしまった。

6時に目覚める。倦怠感すごい、寝起きなのに…リフレッシュ感がない…検温する、37.0℃。

8時半、食事。サッポロ一番みそラーメン。にんにくチューブ、バター入り。水を50cc減らして作ったけれど、味が薄く感じる。きたか。うちでもいちばん塩味と旨味を感じる醤油を舐めてみる。なんだか弱い気がする。きたかー…。薬飲む。

11時半、検査結果の電話を待ちながら、Amazonプライム・ビデオで「人志松本のすべらない話」をずっとテレビで流しながら仕事を進める。Amazonで注文していたポカリスエット1ケース届く。非対面受け取りができるようになってて助かる。

11時45分、保健所から電話。PCR検査の結果は陰性。……じゃあなんなのだ、この病気は!ふつうに季節性インフルエンザとかなのかもしれない。

34人院内感染の原因は“偽陰性”か 収束後初めて取材に応じた副院長「PCR検査を過信しすぎてはいけない」 | ABEMA TIMES

まぁ、こんな感じの話もあるので、しばらくは気をつけつつ特定できるまで我慢だ。

14時半、祝いの気分になってドミノ・ピザとった。ガーリック・マスターとドミノ・デラックスのハーフMサイズ。スープのブラックチリも。耳の部分を、チリにつけて食べるのがすき。満足行くまで食べて、残りは冷ましてから、ラップに包んで冷凍する。

15時半、原稿納品。ほうほうのてい。熱は37.2℃。疲れを感じてベッドに横たわる。

19時半、読みかけの本一冊おわる。だるい。Nintendo Switchの麻雀ゲームを、ネットで学びながらプレイする。37.1℃。21時、ねむいというよりだるい。電気を消して目を閉じる。あまりうまく眠れない。

23時、radikoで『チョコレートプラネット 東京遊泳』を薄くかけながら目を閉じる。

> 12(金)

5時半に起きる。すっきりしない。寝汗。37.3℃。ちがう体温計でも測ってみる。37.0℃。間とってもそのへんかー。あー。

12時、病院へ行く。呼吸器内科へ、という指示をまもってちがうところに。胸部レントゲンなども異常はなさそう。採決結果は「何かしらのウイルス感染」ってことで、月曜日にまた精密な検査をすることになった。

PCR検査は陰性だけれど、まだわからないので、公共交通機関が使えない。タクシーは窓を開ければOKらしい。徒歩でいくには辛い距離の病院なので、タクシーありがたすぎる。

帰宅後、戸棚から見つかったこってりした風味のカップ焼きそばに炒めもやしを乗せて食べる。食べ終えると急激な吐き気がきて、ほとんど戻してしまった。カップ焼きそばの賞味期限が半年くらい過ぎていたせいかもしれない。

13時半からZoomで取材ひとつ、メモとりがんばる。終えて、素麺を食べたら、疲れがひどく出る。横になってあつ森などしていたら、眠くなる。やることがあるのだけど、体が動かない。18時半ごろに眠気に吸い込まれていく。


2020年6月8日(月)発熱

思い立って小鼻の掃除をする。美容系YouTuberのhyukさんの動画を参考に。

もうすっかり美容に気を使わないと、このまま見てくれは落ち続けていく下降線に乗っているので、できることをやっていかなくちゃ、とおもう。

風呂場で作業をしていたら、聞いていたラジオの『高橋みなみと朝井リョウ ヨブンのこと』でも、朝井リョウさんに鼻パックをする回で、図らずもシンクロしてしまって笑う。

たしかに、思っていたよりきれいになる。美容は目に見えて成果がでるのがすごい、と感じる。

仕事を始めると、なんだか具体が悪い。ぼーっとするし、関節も痛い。あー、とおもって検温すると熱がある。これはだめだと退散して、とりあえず寝る。美容院の予約を泣く泣くキャンセルする。もう3ヶ月切ってないので、そろそろメンタル的にもつらいから、行きたかった。

熱は37度台をうろうろしている。冷たい足先が、徐々に熱くなってきて、からだの戦いを実感する。汗がとまらず、バスタオルとタオルをいっぱい使う。ぼんやりするさなかで眠れないので、読みかけだった藤本タツキさんのマンガ『ファイアパンチ』を最後まで読む。

複層的な仕掛けと企み、急に出てくる「スターウォーズ」のヌケ感、紙面から目を刺す痛み。

NetFilxでアニメ『GREAT PRETENDER』観る。抜群に面白い。シナリオの痛快さ、裏切られる展開、どこか90年代くらいを思わせる色彩感覚などなど、夢中で観る。これが見られたのだから、不意に出てしまった今日の休息も悪くなかった。

熱は下がらない。うとうとしたり、ぼんやりしたりしながら、これはいよいよ新型のアレを疑わないとだめだな、と体が動くうちに夜中起き、仕事場からキーボードなどの仕事道具を持ってきて、食品をまとまって買ってから帰宅。1週間程度、自宅待機をすることに決める。


2020年6月7日(日)本を読めた日

早朝3時から活動開始。『幸せに気づく世界のことば』を読み進める。良い本に出会えた喜びでSNSにも投稿すると、それ経由で買ってくださる方もいて嬉しい。

言葉一つひとつもいいのだけど、文中で引用されていたカミュの名言もいい。調べると表記に違いがあるのだけど、意味は概ね一緒なので書き留めておく。

In the depth of winter, I finally learned that within me there lay an invincible summer.
(真冬が訪れた時、ようやく気付いた。私の中に不屈の夏があることを。

アルベール・カミュの名言で学ぶ英語【音声付】 – えいごism

カミュはつらく冷たい冬、それは気候的にも心的にも厳しいときに、内なる中に夏を見た。この夏を見られることができるかどうかは、原動力にもなるだろうな。夏、見つけたい。こちらはリアルにもうすぐ夏が来てしまうのだけれど。たぶん生涯で、いちばん静かな夏になる。

ダウンロードだけしていた、江口寿史さんのマンガ『ストップ!!ひばりくん!コンプリート・エディション』を読み始めると、面白くて止まらなくなる。ひばりくん可愛すぎるな。現代感覚とは「変態」の言葉の取り扱いなど変化はあれど、可愛さにはある一定の不変さがある。

……いや、ひばりくんたちの作り上げた可愛さが、今も受け継がれているということかもしれない。

朝早く活動をはじめて、今日はそれほど仕事に急き立てられる日でもなかったので、読めていなかった本にも手を出す。奥野宣之さんの『学問のすすめ (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ1)』を読む。福沢諭吉の言いたいであろうことが、すんなり入ってくるのはありがたい。

明治9年に書かれた文でも「あ、今っぽい」と思うのは、それは接するメディアに変化が生じているだけであって、人間そのものの変化はもっとゆっくりだということなのか。あるいは、それくらい変化しないような教育のせいなのか。

読んでてグッときたのでツイートしたら、びっくりするほどバズり倒した。福沢諭吉先生、貴重な経験ありがとうございます。

19時には仕事を切り上げて帰宅。晩酌前に「北欧、暮らしの道具店」でみた、しょうが花椒オイルをつくってみた。

すごく簡単なのに、すごく美味しい。たしかに「ふじわら」のオイルっぽい。僕は米油でつくってみたけど、ストレートに花椒の辛味や生姜の爽やかさ、そしてシナモンスティックの複層的な味わいが追いかけてくる。自作したとは思えない、しゃれた味だ。

KAITOさんのマンガ『青のフラッグ』最終巻を読む。個人の趣向に落ち着けずに「数ある選択」という集結にまとめあげていくところには。個人的には意志を感じてすごいとおもった。

ラストは、日本橋ヨヲコさん作でぼくのバイブルである『G戦場ヘヴンズドア』を思い出したりもした。あれもひとつの「選択」の物語だった。

人が何かを選択するとき、そこにはドラマが生まれるのだとすれば、選択で物語が変わるビジュアルノベルに感情移入しやすいのも、納得なのかもしれない。そして僕たちも大なり小なり毎日を選択しながら生きている。何もないような日は、何もないような選択をしているからだ。

選択におけるバイアスが、何か一つ、考えるべきことなのかもしれない。「それ、君が悪いんじゃなくて、選択に迷ってるだけだよ」という切り離しも、できたりするのだろうか。

21時には就寝。その間にも、先述のツイートは僕の手を離れて伸び続けていったらしい。


2020年6月6日(土)夢中で寝る

目が覚めると日は高くなっていた。半死半生。妙に頭が痛い。リモコンの電池が切れていて、つかないはずの寝室のエアコンがついていた。どうやったんだ。体がつめたい。風邪ひくよ……。

布団にくるまって、ひさしぶりに毛布もかけて、じっとしている。シンプルに具合が悪い。「あつまれ どうぶつの森」で買い込んだカブをTwitterで検索して高く売らせてくれる人の島に飛んで、なんとかさばく。懸案事項が片付く。

さっさと白米を炊き、冷凍してあったカレーを温めて、食べる。ちょっと白だしを足して、気持ちは蕎麦屋のカレーみたいな感じに。おいしい。食べて満足して、また横になる。

すごい、夢を見る。冒険と、淫夢と、SFが混ざりあったような夢で、面白くて目が覚めるたびに続きが見たくて、また目を閉じてしまう。これが「夢中」の語源なんじゃないかと思うくらい。

ひとり、夢のなかでエンタメを満喫して、涙さえ流して、こんこんと眠る。結局、それで日付が変わる手前になっていた。そこまで来るともう眠れず、夢の続きも現れなかった。

一日を無駄にしてしまった罪悪感と、自分の頭のなかにあんな世界を描ける回路があることの喜びを、一緒に感じる。


2020年6月5日(金)酒はアンプである

5時過ぎに起きる。支度をして仕事場へ。朝から昨日すべきだった仕事の残りに手を付ける。終えると、頭と心のなかにいろんな声がぐわんぐわんして、つらい。

たまらずCBDワックスをゆっくり吸って、質の良い目薬を差して、深呼吸。朝日をまぶたに感じながら、ふわーっと目を開くと、だいぶ声が遠のいた。

町田康さんの出ている動画を見たら、断酒した経験をまとめた『しらふで生きる 大酒飲みの決断』の刊行時期のものだった。町田康さんは「酒はアンプだ」と言っていた。わかりやすい。

アンプってあるじゃないですか。増幅するってのあるじゃないですか。結局、酒って増幅なんですよね。おもろいやつは、おもろいことが増幅されるけど、いやなやつは、いやが増幅されるんですよ。酒を飲んだからといって楽しいだけが増えるわけじゃない。どっちにしろ、飲むにしろ飲まんにしろ、いやなところはなるべく減らして、おもろい人間になることが大事やなって。

「酒をやめて生産性上がった」 作家の町田康さん – YouTube

そう。飲むにしろ飲まないにしろ、おもしろい人間であることが大事。肝に銘じねばなぁ。

原稿納品したりして、夜は、SくんとZoom飲み会する。「ぼくは栃木や群馬に引っ越すのは意思があると思うけど、埼玉にはそれはない。むりだ!」などと暴言吐く。些細なプライド。あとは、割とこれからの人生に関わる話なんかもする。

大きなビジョンを掲げた手前に、強い言葉で言い換えた小さな目標、実利のあるハードルをしっかり設けていくのがキモだよね、など。「他者評価と自己評価」についても。他人ではなく、ちゃんと「自分がどう感じるか」という評価点で生きること。

どうもここ数年、ほぼ他者評価で生きてきてしまったな、と反省をする。

あとは、「ウェブ編集者、ロールモデルがいない問題」。みんなパイオニアだったから、それぞれが独自の進み方をしていて、むずかしい。そして、いつのまにか追われる立場になってしまったことにも、適正な焦りをしっかり持っていきたいところ。

などなど、向こうは酒を飲まないので会話だけ、ぼくは深々と酒を飲んでしまって、最後はどうやって眠ったかわからないままに、ベッドで倒れていた。何がしたいのだ……。

町田康さん、すみません。教えてもらったのに、いやなのが増幅したっぽいです。


2020年6月4日(木)ざわつく夜

3時過ぎに起きる。ストレッチをしながら、本棚から目に留まった吉行淳之介の対談集を引っ張り出して、拾い読みする。対談が行われたのは昭和40年頃からの2年ほどで、もとはアサヒ芸能の連載。

吉行は41歳くらいだ。自分から数年後に、こんな人たちと会話ができるものか……?というか、いつの間にかそんな近くになっていることも驚きなのだけど。

対談の名手といわれ、まだこの時点では「若くして」という言葉もつくであろう吉行であっても、どうにもならない相手っていうのはいたんだなぁ、と感じた。空手家の大山倍達との対談が、そうだ。

吉行から「大山さんはヤクザのなかへ、ひとりで殴り込みをかけたことがあるそうですね」と話を振っている(振っていること自体もすごいような気もする)。大山倍達も武勇伝を返しつつ、話は若者の育成までに及んでいく。

大山 やっぱり日本刀が八本もいるとこわいですね、正直な話。あの人は度胸がある、あの人は度胸がないということをよくいうでしょう。でも、命を張ってしまうと、度胸があるもないも同じです。また、命を張ってしまうと、強さ、弱さもない。はじめから武器を用意する、刃物を用意する、飛び道具を用意する。はじめから命を張ってしまう。だから度胸というのは、その瞬間のきめ方ですよ。

吉行淳之介『粋談 ユーモア対談集』p,23

大山 カネをもうけようという人間は、カネに執着があるから年中カネにおびえている。名誉を欲するやつは、これまた年中名誉に縛られている。だから、青年として、武人として必要なものは、なんといっても、私はこう思います。カネの奴隷にならないこと、権威にこびないこと、暴力に屈しないこと。この三つがいまの若い者には欠けている。私は道場生にいつもいうんですが、たとえば、映画館に入っていて、大地震や火事が起きたときに、足腰が立たなければ、おまえは死ぬぞ、だからどんな場所でも三時間闘争する足と腰を持て、というんです。二時間闘争する力を持っていれば、実際はその四倍から五倍、十時間できる。とにかくむかしの武芸者、たとえば宮本武蔵は、夜中に寝ていて、一尺先の昼の上に針の落ちる音まで聞いていたというんですからね。この心がまえは、私たちにも必要じゃないでしょうか。


吉行 必要とは思いますが、むずかしいですなあ。

吉行淳之介『粋談 ユーモア対談集』p,25

大山の青年に求める3要素がなんとも血生臭くて、現代との違いを感じたりする。これも情報化社会、ホワイトカラーの台頭、闘争の変化なのだろうか。

そして、とくとくと語った落ちが、吉行淳之介の「むずかしいですなあ」という、はっきりとした賛同でも否定でもない感じで、これはうまいところ。いいですね、とか、それはちょっと、とかでもなく、むずかしい。音声で聞いてみたいところだ。

僕は、話すときにわぁわぁとしてしまうきらいがあるので、こういう肩の力の抜け方というのか、軽妙さ、洒脱さを欲しているのかもしれない。

昼まで仕事をして、昼食後に高松美咲さんのマンガ『スキップとローファー』を既刊3巻まで読む。佐久間宣行さんがラジオで薦めていた。これも肩の力を抜いて「人を知り合う」ということを考え直せる感じだ。

高校生のときに読んでわかったかはわからないけれど、高校生のときの自分に教えてあげたくなった。

私がムカつく奴の名前をふたつ覚えてる間に、岩倉さんは親切にしてくれた人の名前をひとつ覚えるんだろう。

高松美咲『スキップとローファー』2巻,p76,77

これは至言だと思った。岩倉さんのように生きることは「むずかしいですなあ」だろうか。いや、ぼくも心に、こういう正のパワーみたいなものを、しっかり持って生きたいと思っているんだと感じた。

そして、ここからがこの日はひどかった。次の仕事の予定まで数時間あり、朝早くから動いているので眠気がピーク。すこし仮眠を……ともろもろセットしたのだが、まさかの本気寝で数時間。

やってしまった。

ガバっと目覚めたとき、外が真っ暗で、何が起きたのかわからず、混乱のさなかで「あ、死んだのか」と思った。震える手で傍らのスマホをとると、仕事先から着信複数。速攻で詫びる。

つらい、つらすぎる。相手はほんとうに心配してくれていた(倒れたりとかもあるので)様子だったので、なんていい人たちだろうとおもった。岩倉さん現象だ。

結果、そこから気分はだめで、一つの大きなミスが頭を掻き毟るほどつらいと思ったのは久しぶりだ。仕事場で数時間、画面に向き合うも、まったく落ち着かない。残務も無理やり切り上げて帰宅する。

興味本位で買ってみたネットワークカメラの「ATOM Cam」が届いていた。セッティングしてみる。音声は全くだめだけれど、カメラとしては面白い。防犯などはこれ一台で良さそうだし、超広角なのでキッチン収録なんかも似合いそう。

はー、とATOM Camで遊んでみたが、まだ心がざわつく。飲んだ日本酒がよくない回り方をしてきた。届いていた漫画を読みながらC-Tecを吸って、瞬間的にやってきた眠気に任せて眠る。

数時間後に目覚める。枕元にC-Tecが転がっていて、本物のタバコなら寝タバコでお陀仏だったんだろうな、と思う。急激な朝型への変更はよくよく気をつけなければならない。むずかしいですなあ。


2020年6月3日(水)宙ぶらりんがきらい

意識していないようでいて、実は心の奥底でずっとうごめいていて、足をぐいぐいとひっぱったり、あるいはぺちゃぺちゃと濡らしてくるような事案というのが、あるらしい。

その日、その日の朝起きてから寝るまでの「一日」という単位とは別に、それが時間であったり年単位であったり、もしかしたら「一生」として、並行するタイムラインのなかで僕らは生きていて、この事案の混み入りようによって、生きにくさにも影響が出てくる。

水が入り込んだ長靴をがまんしながら履くみたいなもので、どこかで思い切って、その靴を履き続ける時間をリセットしないといけない。それを、リセットするために働きかけないといけない。風通しのよいサンダルに履き替えたり、一張羅のスニーカーだけを愛でたり。

今日はかねての懸案事項が一つ着地して、はぁ、と息を吐いた日だった。まだ着地をしただけなのだけれど、宙ぶらりんよりはずっといい。

僕はたぶん、あらゆる宙ぶらりんに弱い。ゴミを捨ててないとか、皿洗いができてないとか極小のものから、もっと大きなテーマまで。

シンプルに生きることが社会情勢やら不安やら、いきなりやってきたウイルスやらで、どんどん難しくなっていく。難しいからこそ、無意識に影響するもろもろを、なるべく可視化して、片付けられるものは、片付けながら進むのが、きっと生きやすくするために大事なのだ。

定額給付金の書類も、さっさと書いて出した。送るべき郵便は、できない人にとっては、無意識に影響してくる最たる一つではないかと思う。

なんかこんなことを考えながら、徳富蘆花の『みみずのたはこと』をめくっていると、いずれ僕もどこかの農村か、誰も知らない場所に居を移さざるを得ないような気持ちになってくる。

便利な都市生活に慣れた、育ちも東京のぼくにとっては、まだ東京以外で暮らしていくことの算段や見通しはない。何かしらの外圧でそれが実現してしまったときを、実は少しだけ楽しみにもしている。

一時期、沖縄で出会った風俗嬢に入れ込んで、沖縄通いをした何ヶ月があった。もし、あのときにまかり間違ってでもいたら、ぼくはいま沖縄にいたりするのだろうか。意味のない夢想に慰めを求めることほど虚しいこともないのだけれど、そんな可能性は、まだあるのだろうか。

スーパーで、お買い得な天然鰤のサクが買えた。そぎ切りにして、醤油で食べる。いただきものの日本酒を開ける。至福。はは。こんな日常を手に入れてしまった僕は何かを変えられるのだろうか。

いま作っている原稿のエピソードに影響され、共感したので、22時には寝ることにした。


2020年6月2日(火)なんでそもそも

進行中だけど、気持ち的には自分の手から離れてしまった原稿、というのが、果たして存在してもいいのか、どうか。いやいや、文責が乗る以上は、やはり責を負うべきだろうと、面倒な気持ちをC-Tecの煙でごまかしながら文章の修正に修正を入れる。

午前にZoom取材ひとつ、午後にもZoom取材ひとつ。午後の取材は、個人的にも初めての生物学者の方で、緊張もしていたけれど、やさしく話してくださったおかげで、大人向けの理科の授業みたいな時間になって、とても面白かった。

面白い話が満載だけれど、これをあらゆる思惑から2000字足らずにまとめなけれないけないことの、必要性と、難しさと、寂しさを同時に感じる。Zoom取材なのだから、そのアーカイブをもっと上手に使えるようなことにならないだろうか。

下調べしていてわからなかったのが、「環境保全や植物の多様性を守ることの価値」だった。どれもこれも「守る」ということの尊さを共有できている前提の文章しか、出逢えていなかったのだった。

当然、そこに尊さや価値はあれど、ぶっきらぼうに言うと、「なんでそもそもそんなことをしないといけないんですか」という質問だ。先生はちゃんと教えてくれた。でもこれは、小学生向けの教室でもちゃんと話すことらしい。小学生向けの前提さえ、持ち合わせていない。

「環境保全や植物の多様性を守ることの価値」は3点ある。道徳的価値、遺伝資源、環境の堅牢性だ。

多様性ある環境を尊ぶ考えは道徳的規範になる。植物には固有の遺伝子や物質を持っているものがあり、薬理的に人間へ及ぼす期待を残していくといった観点から、多くの植物を守っていく必要がある。

そして、ある特定の動植物だけが育つ環境は、天敵が現れた場合に弱い。だが、動植物が多様であれば、その襲来に対しても反応できる可能性があるため、環境が堅牢になる。

それを聞くに、なるほど、これは確かに価値がいずれもあると感じられる。まさに今、世界がCOVID-19に右往左往するなかで、全く同じような状態が人間社会に起きているのかも、とおもったりしたが、本題には関係ないので口には出さなかった。

 どの専門分野でも、考える根っこまで掘り下げていくと、共通点が見つかるはずです。「物質・エネルギー・情報・生き物・ひと・社会」のどこかに根ざしています。そうした根っこの部分を、ひらがなで表されるようなことばでとらえなおしてみましょう。各専門の底に横たわるものがすけて見えてきます。
 仮にいろいろな専門を簡単なことばでまとめてみましょう。
 ひとが共に暮らすときの関係の仕方を考える社会学。ほしいと思うこころと手に入るものとの間の関係を考える経済学。大切なものをどう分けていけばひとのまとまりを保てるかを考える政治学。ひとが共に暮らすときの決めごとを考える法学。

関沢英彦『ひらがな思考術』p,181より

本題には関係ないけど、OCR化だけした文章のストックをながめていたら、関沢英彦さんのこの文章が目に留まった。つながっている、と感じる。簡単なことばで、まとめてみる。それを、伝わるように言い換える。これもぼくの仕事のひとつだろう。

Zoom取材が終わったら、あー、つかれた、と家に帰る。

冷凍しておいた豚こま肉をレンチンして、片栗粉を下味つけてにんにくと焼き、ニラ、大葉と炒めて、茹でたパスタを入れて、バターを足し、たまねぎ醤油で味付け、ざっと炒めるという焼きそばみたいな雑な料理をこしらえて食べる。ほどほどに満足。

ベッドで横になって、『文化人類学の思考法』『本は読めないものだから気にするな』を往復しながら、「あつまれ どうぶつの森」をはさみながら、時間をすごす。眠ったり起きたりを、何度か繰返していると、すうすうと眠ってしまう。

割に、心穏やかに、ひとり過ごせた夜はひさしぶりかもしれない。


2020年6月1日(月)花火見てない

昨夜の酒が残っているせいもあるけれど、心身ともに具合が悪い。無気力状態のままでベッドとトイレを往復しながら、水分を取り、作りおきのカレーを食べ、昼寝をしたりして過ごす。

こういう時間が必要なのはわかりながらも、ほんとうは進めなければいけない仕事が頭の片隅で「おーいー、はーやーくーしーろー」と訴えかけてくるので、余計に心労が募る。

たしか吉行淳之介が二日酔いか鬱に関するエッセイで、「夕方を過ぎたくらいからやっと動ける心持ちになった」といったようなことを書いていて、ぼくも全く同じ状況で、のそのそと活動をはじめる。

日はすっかり落ち、SNSでは全国各地で上がった花火の感想であふれていた。ブルーインパルスの飛行機雲も、今日の花火も、ぼくは見ていない。最近は昼間の地震を感じることもなかったりする(寝ているから)。ほんとうにこんなことがあったのだろうか、という気持ちになる。

仕事場で、日記を書いたり、生活技巧の更新から手を付ける。猛烈な空腹を感じて、コンビニでレンチンできるごはんと、納豆と、めかぶを買ってきた。全部乗っけて、むしゃむしゃ食べる。

同い年くらいの友達が、最近、ほうぼうで活躍が続いている。ぼくもふつうに、喜びがある一方で、その活躍を羨んだり、嫉妬したり、苦しんだりする。案外、そういう感情って、ふつうに出てくるものなんだなぁ、と自分を見つめる。

CBDワックスを吸って、ぼーっとする。ざわついて揺れる心が、人をダメにするソファみたいなものにぐーっとお尻を付けて、動かなくなるまで、ただ息をする。

その嫉妬は、不感症のように過ごしていなければ弱りきってしまうところから、少しずつ復調を見せているという表れなのかもしれない。気力を、お腹の底にぐっと留めて、何かをしようとしていることの前触れなのかもしれない。そうだったら嬉しいし、そうしていきたいと思う。

いま、ぼんやり考えているのは、やっぱり小説を書かないといけない、という妄想がある。主体的に何かを生み出さなくてはならない、という切迫がある。

徳田秋聲『小品文作法』のデジタル化も1ページ分だけ進める。これから朝までに原稿納品をしなくては。持続化給付金について教えてもらう。あれこれ眺めて、身の振りを考えた。


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